縁日

1
ある夏の夕暮れ時、太郎とおじいさんは縁日に行きました。
神社の鳥居をくぐりながらおじいさんは太郎を振り返り、
「タロベエ、もし、はぐれたら、土俵の横の大きな木の下に行くんだよ。そこで落ち合おう」
神社の奥まった一角には子どもの相撲クラブの子たちが練習に使っている、古い、しっかりとした土俵がありました。その土俵の向こうには大きなクスノキの木が1本立っていて、屋根のように、いつも子どもの相撲を見下ろしていました。土俵の周りには夜店は出ないので、そこは静かな一角となっているのでした。
2
太郎は金魚すくいに見とれていました。
ふと気が付くと、おじいさんの姿がありません。ランプに照らされているたくさんの顔はみんな知らない顔でした。太郎は慌てて、人と人との間を縫って、おじいさんと約束をした土俵の方へ急ぎました。
3
真っ暗です。まだおじいさんはいません。土俵がいつもより大きく見えました。
(あれっ。土俵の脇に誰かいる)
太郎はさっと身をかがめて、土俵の陰に隠れました。
(知らない子だ)
太郎がそっと顔を覗かせたそのとき、ポン!と気持ちの良い音を立てて、こだぬきがラムネの栓を抜きました。
4
ふわーっと青いけむりが広がりました。
(こぎつねとこだぬきだ)
さっきおじいさんと歩きながら、欲しいと思いながらも欲しいと言えなかった、りんご飴やかざぐるまやいろいろなきれいなものが、青いけむりと一緒に夜風に昇っていきました。太郎は初めて見る光景にびっくりしてけむりを目で追いました。
5
「タロベエ」
ふいにどこからか声がしました。声の方向がわからずに、かがんだまま辺りを見回すと、背後の暗闇におじいさんの姿が見えました。
「よかった、よかった。ちゃんと来られてえらかったね」
太郎が声を立てずにベンチを指差すと、もうそこには、こぎつねもこだぬきもいませんでした。目をぱちくりさせながら立ち上がって夜空を見上げると、「あ!」暗闇の中をきれいな金魚がゆらゆらと泳いで行くのが見えました。
「屋台を見に行こう」
おじいさんが言いました。太郎はラムネを1本買ってもらいました。おじいさんに押さえてもらいながら、ポン!と栓を抜くと、こぎつねとこだぬきが、どこかで見ているような気がしました。


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